中国語俳句の音楽性 (第8回世界俳句協会大会で 其二)
私の漢語俳句の朗読 結構評判がよかった。
full voiceでとてもよい と声をかけてくれたHaijin
俳句の朗読ではモンゴルの詩人の朗読がいつも力強く素晴らしいが
日本に帰化しているモンゴルの詩人の友人の中国人も、ビックリしてくれた。
声量では、私もモンゴルの詩人たちに負けてはいない。
その理由は、私の漢語俳句の作句が韻律(押韻と平仄に関わる規律)に準拠からだ。
韻律に従っていれば、どこを声を長くし短くし、
つまりは、どう抑揚をつけるかがはっきりしているから朗誦しやすく
多少発音に難があっても、
日本なまりの漢語だと思ってもらえばそれでよい。
さて、そういう漢語俳句の立場から
第8回世界俳句協会大会第二日(9月6日)
詩友徐一平(紫陌青猫)さんと私は、
中国語俳句の音楽性 をめぐって対話をした。
第8回世界俳句協会大会のテーマは『無限の対話』
私が質問をし、徐さんが、それに答える対話。以下に要約。
Q1 中国の俳句というと、日本の俳人は漢俳のことを思い浮かべます。
しかし、漢俳は、中国語では五七五でも、日本語に翻訳すると短歌よりも長くなるので、日本の俳人は、違和感を抱いてしまいます。
そこで、漢詩人の中山栄造は、俳句や川柳は三四三に詠むのがよいと提唱しました。
これを受けて1997年に北京で、中国交正常化25周年記念行事として中日友好協会並びに中華詩詞学会の招聘を受け、「中山栄造新短詩研討会」が開催されました。
この時、徐さんは、どういう役割を果たされましたか?
A1
葛飾吟社の創設者で、私と石倉さんの共通の友人である中山さんは、
漢詩の知識があり、日本の詩歌もわかっていて、俳句や川柳は三四三 ということだけではなく、
短歌は三四三四四に、都々逸は四四四三に詠むのがよいと提唱しました。
そして、その研究の過程でわたしは中山さんの相談にのりました。
わたしが翻訳し、中国の詩人たちに送りました。
(補足)
それが中国の詩人たちの目にとまり、「中山栄造新短詩研討会」が開かれ、
徐さんは日本側の通訳として参加。
詩詞の専門知識を備えた通訳で、中国側の詩人たちから高い評価をうけた。
なお、俳句三四三には、日本の「日」と中華の「華」をとって、
「曄歌(かがやく歌)」と命名された。
Q2 中山栄造が提唱する漢語三四三の曄歌は中国でもひろく詠まれるようになりました。
しかし、意味内容の上で日本の俳句に近い三四三の曄歌よりも
五七五の漢俳を詠む詩人の方が多く、
2000年に中華詩詞学会・中日歌俳研究中心に招かれた「迎接新世紀中日短詩交流会」では、
中国側の中心人物だった林林先生から、中国の詩としては漢俳よりも一字少ない「十六字令」があるが、
それ以下の短い詩は、詠みにくい、というお話もありました。
三字句と四字句だけで詩を詠むのは、句が短くなり過ぎる、ということかと思いますが、徐さんのお考えは?
A2
中国の詩には、欠かせない要素として、押韻と平仄があります。
平仄を調え、押韻をすることで言葉に抑揚がそなわり、音楽性が生まれます。
平仄を生かす句作りでは、五言、七言が作りやすいし、音楽性も豊かです。
ちなみに「十六字令」は、
一七三五に詠みますが、
第一句は強い印象を与える押韻句
第二句と第四句は五字句と七字句で平仄を生かすことができるので詩としての響きが保てます。
また、四句ですので、起承転合
第四句は第一句と合することで、響きがよく、詩にかなう作品にできます。
質問は三問容易していたが、英語での通訳を含め所定の20分になった。
徐さんの回答が要点を押さえてくれたので、二問で終了。
徐さんとのやりとりで、私は、
押韻もさることながら 平仄がとても重要
ということを再認識できた。
それが大きな収穫だった。
私は、特に日本の俳人のみなさんへのお願いとして
漢俳は長い、だから俳句ではない という見方をするのではなく
中国の詩人にとっては、俳句を詠むにしても
俳句であるよりも前に詩であることが重要だという点を理解していただきたい と結んだ。
full voiceでとてもよい と声をかけてくれたHaijin
俳句の朗読ではモンゴルの詩人の朗読がいつも力強く素晴らしいが
日本に帰化しているモンゴルの詩人の友人の中国人も、ビックリしてくれた。
声量では、私もモンゴルの詩人たちに負けてはいない。
その理由は、私の漢語俳句の作句が韻律(押韻と平仄に関わる規律)に準拠からだ。
韻律に従っていれば、どこを声を長くし短くし、
つまりは、どう抑揚をつけるかがはっきりしているから朗誦しやすく
多少発音に難があっても、
日本なまりの漢語だと思ってもらえばそれでよい。
さて、そういう漢語俳句の立場から
第8回世界俳句協会大会第二日(9月6日)
詩友徐一平(紫陌青猫)さんと私は、
中国語俳句の音楽性 をめぐって対話をした。
第8回世界俳句協会大会のテーマは『無限の対話』
私が質問をし、徐さんが、それに答える対話。以下に要約。
Q1 中国の俳句というと、日本の俳人は漢俳のことを思い浮かべます。
しかし、漢俳は、中国語では五七五でも、日本語に翻訳すると短歌よりも長くなるので、日本の俳人は、違和感を抱いてしまいます。
そこで、漢詩人の中山栄造は、俳句や川柳は三四三に詠むのがよいと提唱しました。
これを受けて1997年に北京で、中国交正常化25周年記念行事として中日友好協会並びに中華詩詞学会の招聘を受け、「中山栄造新短詩研討会」が開催されました。
この時、徐さんは、どういう役割を果たされましたか?
A1
葛飾吟社の創設者で、私と石倉さんの共通の友人である中山さんは、
漢詩の知識があり、日本の詩歌もわかっていて、俳句や川柳は三四三 ということだけではなく、
短歌は三四三四四に、都々逸は四四四三に詠むのがよいと提唱しました。
そして、その研究の過程でわたしは中山さんの相談にのりました。
わたしが翻訳し、中国の詩人たちに送りました。
(補足)
それが中国の詩人たちの目にとまり、「中山栄造新短詩研討会」が開かれ、
徐さんは日本側の通訳として参加。
詩詞の専門知識を備えた通訳で、中国側の詩人たちから高い評価をうけた。
なお、俳句三四三には、日本の「日」と中華の「華」をとって、
「曄歌(かがやく歌)」と命名された。
Q2 中山栄造が提唱する漢語三四三の曄歌は中国でもひろく詠まれるようになりました。
しかし、意味内容の上で日本の俳句に近い三四三の曄歌よりも
五七五の漢俳を詠む詩人の方が多く、
2000年に中華詩詞学会・中日歌俳研究中心に招かれた「迎接新世紀中日短詩交流会」では、
中国側の中心人物だった林林先生から、中国の詩としては漢俳よりも一字少ない「十六字令」があるが、
それ以下の短い詩は、詠みにくい、というお話もありました。
三字句と四字句だけで詩を詠むのは、句が短くなり過ぎる、ということかと思いますが、徐さんのお考えは?
A2
中国の詩には、欠かせない要素として、押韻と平仄があります。
平仄を調え、押韻をすることで言葉に抑揚がそなわり、音楽性が生まれます。
平仄を生かす句作りでは、五言、七言が作りやすいし、音楽性も豊かです。
ちなみに「十六字令」は、
一七三五に詠みますが、
第一句は強い印象を与える押韻句
第二句と第四句は五字句と七字句で平仄を生かすことができるので詩としての響きが保てます。
また、四句ですので、起承転合
第四句は第一句と合することで、響きがよく、詩にかなう作品にできます。
質問は三問容易していたが、英語での通訳を含め所定の20分になった。
徐さんの回答が要点を押さえてくれたので、二問で終了。
徐さんとのやりとりで、私は、
押韻もさることながら 平仄がとても重要
ということを再認識できた。
それが大きな収穫だった。
私は、特に日本の俳人のみなさんへのお願いとして
漢俳は長い、だから俳句ではない という見方をするのではなく
中国の詩人にとっては、俳句を詠むにしても
俳句であるよりも前に詩であることが重要だという点を理解していただきたい と結んだ。
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